Vol. 26

味気ないコンクリートから木造へ天下普請の名古屋城が華麗に復活

「尾張名古屋は城で持つ」
伊勢音頭の文句そのまま、
お城は今も名古屋繁栄のシンボルだ
城の復元に伴って周囲商業施設も新設、活況

昭和の城復元を平成~新元号下で完成度高く

戦後、消失してしまった日本各地の城郭跡で復元作業が行なわれ、どこもかしこも外観だけは立派なコンクリートやセメント造りの城になってしまった。戦争でボロボロに傷んだ国じゅうを復興しなければならなかったこと、復元目的が外観に限られていたこと、建築基準法により大規模な木造建築が規制されていたこと、さらにはわが町のお城を二度と焼失させたくないという人々の強い思いが重なって、当時としては精一杯の、しかし少々味気のないハリボテ式天守閣が乱立したのだ。
だが、平成に入ってからは木造でのお城再建が増加。戦後の建て替えラッシュから半世紀を経た鉄筋コンクリートが耐用年数を迎え、相次ぐ大地震で建築物の耐震性に注目が集まったこともあって、城の復元、修復計画が増え、また内側やディテールにまでこだわっての作業が各地城址で進められている。

 

豊富な資料によって再建される名古屋城

なかでも、名古屋城の修復は全国屈指の規模と再現性を誇る。火事や落雷などによって江戸時代初期に失われた江戸城や大阪城と異なり、家康公の命によって創建されてから第二次世界大戦の爆撃によって失われるまで300年以上もの月日があったため、たくさんの絵図や文献、さらには実測図や写真に至るまで有益な資料が数多く残っていることも、再現性の高さに大きく寄与している。
昨年6月、平成21年から約10年の作業を経て本丸御殿が完成し、一般公開も始まった。本丸御殿は総面積3100m2、13棟から成るこけら葺きの建物で、現在、車寄せ、玄関・大廊下、表書院、対面所、鷺之廊下、上洛殿、下御膳所、湯殿書院、黒木書院、上台所、西南隅櫓などが見学可能。破風や屋根、欄間などはもちろん、天井から釘隠しに至るまで美しく、なかでも狩野派の襖絵は絢爛豪華の一語に尽きる。素材や技法は慶長の頃そのままに、顕微鏡やコンピュータなど現代のテクノロジーを駆使して図柄や色彩に至るまで忠実に再現したもので、慶長20年(元和元年、西暦1615年)の完成当時、城主の徳川義直や訪れた2代将軍、徳川秀忠も目にしたであろうきらびやかさに圧倒される。
工事は現在も着々と進み、2022年には天守閣復元が、2030年には石垣を含めた全工程が終了する予定だ。


1000本の桜咲くお城近くで名古屋の美食

名古屋城に植えられた桜は約1000本。文字通り、千本桜のなかに建つお城の眺めは春のみ、年に一度のゴージャスな絶景だ。見頃の時期には城の閉門時間が延長され、ライトアップに照らされた城と夜桜が楽しめる。
また、昨年春にオープンした名古屋城正面前と東門前の金シャチ横丁には、地酒のスタンドバーやみそかつの有名店、老舗の和菓子屋さん等が並び、ひつまぶし、名古屋コーチン、尾張牛、あんかけスパ、天むすなど、質の高い名古屋メシが味わえる。さらに、3月15日~9月30日までは屋外のビア&BBQガーデンが催され、冷たいビールを片手に牡蠣のガンガン焼きやサザエ、牛・豚・鶏にアヒージョやハンバーグなどを食す人々で大いに賑わう。


画像素材:PIXTA


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