Vol. 23

オリンピックを間近に控えた街並大きく変貌する東京を歩く

東京の骨格を作ったといわれる先の五輪開催
新元号の下で行なう2度目の大会を機に
今また大規模再開発が進行中
昭和と新時代の姿を想う東京散策

2度目の東京オリンピックまで1年半

聞、雑誌、テレビの見出しから小売店や飲食店の広告に至るまで、平成最後というフレーズが国じゅうに溢れた2018年が暮れ、新たな年が明けた。2019年、2度目の東京オリンピックを1年半後に控える、「平成最後」の新年だ。
毎年正月にスタートするNHKの大河ドラマも今年は東京オリンピックがテーマ。日本人初のオリンピック出場者にして日本のマラソンの父と呼ばれる金栗四三と、1964(昭和39)年の東京オリンピック誘致に力を注いだ田畑政治が主人公だ。1月6日の日曜日、第一回目が放送されたが、冒頭、1959(昭和34)年の日本橋で、ビートたけし演じる古今亭志ん生の乗ったタクシーが高速道路建設の工事渋滞に巻き込まれていた。車道には都電やオート三輪の走り、道端の電話ボックスには青い公衆電話が設置されているなど、半世紀前の日本橋はこんな風景であったかと、懐かしさと驚きが入り混じった気分で画面を眺めた。

 

東京オリンピックに向けて変貌した街

昭和の東京オリンピックでは、実に多くの風景や生活様式の変化があった。東海道新幹線や首都高速道路の開通。空港と都心を結ぶ東京モノレールの設置や地下鉄の相互乗り入れもオリンピックに備えての措置だった。
このところ、オリンピックの開催に加え、政府のインバウンド政策推進によって再びホテル不足が叫ばれているが、1964年当時も東京のホテル不足は深刻だった。オークラ、ニューオータニ、ヒルトン、プリンス、パレスホテルなど、いまや老舗となったシティホテルの多くは、この時代に建てられたもの。現在では宿泊施設だけでなく、マンションやアパートなどの集合住宅でもスタンダードとなっているユニットバスも、ホテル建築ラッシュを乗り越えるために編み出されたものだ。風呂、トイレ、洗面所といった水回りを工場で作り、建設現場では組み立てるだけというこのシステムは、工事期間を大幅に短縮するために考案された工法だ。
国立競技場や体育館など、メイン会場が集中した代々木~渋谷周辺の変化も大きかった。青山通りがいまの広さに拡張されたのもオリンピックが契機。現在の代々木公園は、戦後、GHQによって接収され、おもに米軍将校とその家族が暮らすワシントンハイツであったが、オリンピック開催中には選手村として活用され、1967(昭和39)年、公園となったものだ。


2020年に向けての再開発ラッシュ

 

さて、2020年、新元号の下で行なわれる2度目の東京五輪では、どんな変化が訪れるのだろうか。隈研吾氏設計の新国立競技場周辺や、多くの競技場や選手村が新設される辰巳、有明、晴海といった湾岸エリアのようなオリンピックが直接的理由の建て替えや新設だけでなく、オリンピックを契機にした再開発計画も多い。
山手線では50年ぶりの新駅となる高輪ゲートウェイ駅は2020年開業予定。丸の内、虎ノ門・浜松町周辺、渋谷、池袋などでも大規模再開発が進行中だ。また、前回大会では空港と街とを結ぶモノレールが開通したが、現在は、2020年の実用化を目指して羽田空港内のターミナルを結ぶ自動運転バスの実証実験が行なわれているという。
昭和のオリンピック同様、ホテル業界も大きく変貌している。先の東京オリンピックに合わせて1962(昭和37)年に開業したホテルオークラは現在建て替え工事を行なっており、今年リニューアル・オープンする。1961(昭和36)年開業のパレスホテルも建て替えを経て2012年に再開した。さらに、ここ10年ほどのあいだ、マンダリン・オリエンタルやペニンシュラ、シャングリラ、アンダーズといった外資系高級ホテルの開業が続いていたが、オリンピックを直近に控えた現在では、立地条件のよい都心のビジネスホテルが激増中。読書、電車、音楽といったテーマを持つ施設、長期滞在者向け施設など、個性的な宿泊施設が続々オープンしている。
昭和30年代の開発が、今に続く東京の骨格を形作ったものだとすると、現在の再開発は老朽化のメンテナンスと、時代の事情に合わせたリニューアル作業であるかもしれない。変わりゆく街を歩き、東京の過去と未来の姿を想像するのも面白い。  


画像素材:PIXTA


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