vol.115

交流をきっかけに外国料理を魔改造ヨコハマ生まれの日本式洋食

いまや昭和レトロの代表格
シーフードドリア、ナポリタン
定番の食パンやショートケーキ
プリンアラモードも横浜発


試行錯誤の果てに生まれた日本の洋食

おとな旅 横浜

横浜には異国情緒溢れる街、というイメージがある。鎖国を解いて以降、もっとも古い国際港であり、街には幕末~明治の西洋建築が点在。世界でも屈指のスケールを誇るチャイナタウンを擁するなど、もはや国際化やグローバルという言葉そのものが風化しつつある21世紀の今に至るまで、その印象は根強い。いわば日本における老舗のコスモポリタン・シティだ。
無論、横浜が帯びる国際色は一朝一夕に形づくられたわけではない。長年にわたり、日々港に着く外国船の乗組員や、彼らがもたらす人や物によって徐々に醸成されてきた。


特に食の分野は、試行錯誤の跡が顕著で興味深い。作り方のわからない食べ物は外国から来た職人に教えを乞い、また不足する材料は代用品を探し、あるいはふんだんに入手できる食材を使って見よう見まねで作り、時には日本料理のテクニックを使うなどして、それぞれ工夫と研鑽を重ねていった。
ギリシャやスカンジナビア船籍の船が大海原を駆け回って世界の港を結んでいた時代には、その国の専門料理店が開いて故郷から遠く離れた船員たちの郷愁と胃袋を満たし、米軍が大挙上陸すれば彼らの好みを取り入れたメニューを作ったりもした。食す人に喜んでもらおうという真摯で純粋な姿勢は驚くほどの熱心さ。結果、本国にはない日本オリジナルの洋食が数々誕生した。


ビッグバンともいうべき異文化交流の始まりは史上2回

おとな旅 横浜

1度目は無論、幕末~明治の開港期。200年に及ぶ鎖国の果て、函館や神戸など、全国でたった5つの港が開かれた。フロンティア精神溢れる西欧各国と、外国アレルギーと新しいものへの好奇心を旺盛に併せ持つ日本人との交流が激流のように渦を巻いてぶつかり合い、互いの文化を吸収し合った時代。外国人居留地内のみならず、街には洋館の建設ラッシュが起こり、漢字によるコミュニケーションが可能なことから通訳として活躍する中国人たちが暮らす中華街ができた。パンやアイスクリームが上陸したのもこの頃だ。


そして2度目は第二次世界大戦終了後。街の中心から港湾部にかけての広大なエリアが進駐軍に接収され、ピーク時には10万にも及ぶ外国人兵士が街に溢れた。彼らの舌と食欲に応えるべく、当時の日本人料理人たちが奮闘。とくにアメリカの将校とその家族が滞在するホテルを中心に数々の日本式洋食が考案された。その後も、山手に隣接する本牧などには1982年の返還まで長期にわたって米軍ハウスと呼ばれる米海軍の住宅地があり、横須賀などと同様、街の中にごく自然な形でアメリカが存在していたことも横浜におけるユニークな食の進化を促した要因かもしれない。


横浜を象徴する老舗ホテルで昭和レトロな洋食を味わう

■コーヒーハウス「ザ・カフェ」

おとな旅 横浜

戦時中、アメリカの司令官、マッカーサー元帥は横浜に大空襲をかける際、戦前に妻を伴って訪れたホテルニューグランドを壊すなと厳命、戦後はこのホテルに司令部を置くのだと言ったというエピソードが残る。マッカーサー自身の心情と空襲エリアの選定に実際どの程度の関連があったのかは不明だが、事実、戦後、厚木の飛行場に降り立った元帥は、横浜じゅうを焼き尽くした大空襲を免れたホテルニューグランドに真っ直ぐに入っている。司令部こそ税関ビルに据えたが、元帥をはじめとする将校たちはホテル・ニュー・グランドに滞在した。


このホテルニューグランドでは、ケチャップ好きのアメリカ軍人たちに向けたスパゲッティ・ナポリタンや、その夫人たちのためのプリンアラモードなどが誕生。いまも、本館1階のコーヒーハウス「ザ・カフェ」の人気メニューとなっている。


おとな旅 横浜

おとな旅 横浜

 電話 :045-681-1841(代表)
 住所 :横浜市中区山下町10
 開店時間 :10:00~21:30(LO21:00)
 休業日 :無休
 アクセス :みなとみらい線・元町・中華街駅1番出口から徒歩1分
 駐車場 :あり
(『おとな旅プレミアム 横浜』 P.108)


毎日食べても食べ飽きない食パンを作り広めた老舗

■ウチキパン

おとな旅 横浜

創業は明治21年(1888)。日本で暮らす外国人や港に着く外国船の乗組員向けにパン屋を営んでいたイギリスのパン職人、ロバート・クラークに弟子入りした打木彦太郎少年が10年にも及ぶ修業を経て暖簾分けされて開いたのがウチキパンの始まり。舶来の高級小麦と、後のキリンビールとなるビール醸造所から仕入れたホップ種を用いて石窯で焼いたイギリス式の山型食パンは、そのうまさが評判となり、横浜、東京、さらには磯子や鎌倉といった別荘地の高級ホテルや西洋料理店、食の西洋化がいち早く進んでいた軍などに納められていた。
甘さがなく食べ飽きないウチキパンの「イングランド」は、いまでもファンが多く、食卓に欠かせないと通う常連客が絶えない。食パンのほか、フランスパンやサンドイッチ、惣菜パン、菓子パンの人気も高く、ホームページで焼き上がり時間をチェックしてから訪れる人も珍しくない。


おとな旅 横浜

 電話 :045-641-1161
 住所 :横浜市中区元町1-50
 営業時間 :9:00~19:00
 休業日 :月曜(祝日の場合は火曜)
 アクセス :みなとみらい線・元町・中華街駅から徒歩2分
 駐車場 :なし
(『おとな旅プレミアム 横浜』 P.108)


居留地に暮らした西洋女性も楽しんだ洋菓子の味

■喜久家洋菓子舗(きくやようがしほ)

おとな旅 横浜

洋菓子を代表するショートケーキは元町で創業した不二家が世に広めたとされるように、この街では料理だけでなく日本風の洋菓子もさまざま誕生している。老舗の名店は多いが、特におすすめなのが元町の喜久家洋菓子舗。
創業は大正13年(1924)。法的には明治32年(1899)に廃止となった居留地だが、大正12年(1923)に起きた関東大震災まで街並みも暮らしぶりも居留地時代と変わりなかったという元町で、ケーキ職人だった店主のもとに居留地に暮らすスイス人女性が故郷のケーキを焼いてほしいと1枚のレシピを持ち込む。その出来栄えは大いに女性を喜ばせたようで、西欧人コミュニティの間で評判となり、各国の菓子のレシピが持ち込まれるようになったのが店のはじまり。店頭には、横浜生まれとされるレモンケーキや昔懐かしいスタイルのモンブランなど、レトロな洋菓子がずらりと並ぶ。なかでも、看板ケーキのラムボールはラムの香りも濃厚な大人の味で、浜っ子たちの定番手みやげとなっている。


おとな旅 横浜

 電話 :045-641-0545
 住所 :横浜市中区元町2-86
 営業時間 :10:00~19:15 月曜10:30~18:20
 休業日 :不定休
 アクセス :みなとみらい線・元町・中華街駅から徒歩4分
 駐車場:なし
(『おとな旅プレミアム 横浜』 P.108)


*施設や店舗の営業などは事前にご確認ください。


画像素材: PIXTA 他


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