vol.109

地元の人々が守り抜いた現存最古の天守閣を擁する松本城

5重 6階、漆黒の天守閣が
北アルプスを背負って屹立
美しさ、歴史的価値、希少性
すべてを備える国宝の城


英雄たちの夢の跡。激戦の舞台となった松本城

おとな旅 上高地・安曇野 黒部・松本

松本城の前身は深志城。永正年間(1504-1520)に室町幕府の守護職であった小笠原氏が築いた林城の支城として建てられたのが始まりだ。天文19年(1550)、深志城は武田氏の信濃侵攻によって林城とともに陥落する。これを皮切りに武田、上杉、織田、豊臣、徳川と史上屈指の戦国大名がこの地を奪い合い、城は激戦の舞台となり続けた。そのため、戦国から江戸時代初期にかけての要塞としての仕掛けや構造が、時代ごとに変化する戦法、戦略、そして時代背景を写すように築かれている。さらに松本城を特別たらしめているのは、他の多くの城とは異なり世界大戦での戦火を免れたこと。ために建築当時のまま現存する稀な城となった。
特に必見なのが5 重 6階、漆黒の天守閣。豊臣秀吉の家臣である石川数正(かずまさ)、康長(やすなが)父子によって戦国時代に建てられた実戦のための大天守(だいてんしゅ)、乾小天守(いぬいこてんしゅ)、渡櫓(わたりやぐら)、そして泰平の時代となった江戸期、善光寺詣りの折に立ち寄った3代将軍、家光を迎えるために築かれた見目に風雅な辰巳附櫓(たつみつけやぐら)、月見櫓(つきみやぐら)とのコントラストは見事。複合連結式の天守群は世に2つとない松本城だけのもので、国宝に指定されている。


元祖クラファン。市民に愛され危機を乗り越える街のシンボル

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戦国時代、数々の激戦をくぐり抜けてきた松本城だが、試練は武士の世が終わった明治期以降にも訪れる。明治最初の危機は新政府が打ち出した城郭破却の方針。大政奉還とその後の廃藩置県によって各城に住む藩主がいなくなり、日清や日露といった海外諸国との戦を見据える政府は、各地の城跡を日本国の守りの拠点として活用し始める。松本城も明治4年(1871)、後の陸軍省、海軍省の前身である兵部省の管轄となり、名古屋に置かれた鎮台本部の分所予定地に挙がった。二ノ丸御殿には県庁が置かれていたが、門や塀の破却が始まり、天守の払い下げが行われる。このままでは城が完全に壊されてしまうと予見した地元の名士、市川量造は信濃国の一部と飛騨地方の一部に跨がる筑摩県に働きかけて松本城の魅力を伝え、博覧会会場として城を用いることを提案する一方、市民達に募金を求める。結果、明治9年(1876)までに天守を会場に5回の博覧会が催された。幕府の時代には庶民が天守に立ち入るなどあり得なかったこともあり、大盛況。募金も加わり、城は無事、買い戻された。
が、危機は続く。明治9年(1876)、筑摩県そのものがなくなり、博覧会が開催されなくなる。使われなくなった建物が傷むのは常の理で、修繕費用もままならない。そこで当時の松本中学校長が市長らに呼びかけて保存会を立ち上げた。市民から広く寄付を募ったり天守を公開して観覧料を集めたりして修繕工事に着手する。途中、日露戦争などにより中断するが、大正2年(1913)、工事は完了。その後も市民たちは街のシンボルである松本城を愛し続け、城内外の清掃や観覧客へのガイドを買って出るなど、現在に至るまで積極的に守り続けている。


現存天守12、国宝指定5城のひとつ

■松本城(まつもとじょう)

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日本各地にお城はあるが、国宝に指定されているのは姫路、彦根、松江、犬山、そしてこの松本城のみ。山や丘陵地に建てられるのが一般的だった戦国期には珍しい平城で、上記5つの城はもとより、今の時代に天守が残る12城では唯一。また、松本城は北アルプスの山並みを背景に聳える漆黒の外観が美しい城として知られるが、これは豊臣秀吉の大阪城に倣ったもので、今も毎年、塗り直されている。
城内には見どころが多い。まずはもちろん天守閣。6階最上階からの眺めは、市川量造が博覧会提案の折りにもセールスポイントに挙げたほどで、松本の市街地と北アルプスが一望できる。また、各階ごとに重臣たちが集って作戦を練った会議室、戦の最終局面では城主の御座所となったフロアなどのほか、鉄砲蔵に展示された火縄銃をはじめとする兵装品の展示など、各層、歴史ファンならずとも興味深い。また、黒門とも呼ばれる一の門には第2次世界大戦後すぐに行なわれた天守解体修理の折りに出てきた建材のうち、使用可能なものを再利用したため、各時代の城主たちの家紋が刻まれた巴瓦が見られるのもおもしろい。


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 電話 :0263-32-2902
 住所 :松本市丸の内4-1
 営業時間 :8:30~17:00(入場は~16:30)
 休業日 :無休
 料金 :700円
 アクセス :JR松本駅から徒歩20分/アルピコ交通バス・タウンスニーカー北コースで8分、松本城・市役所前下車すぐ
 駐車場 :あり(有料)
(『おとな旅プレミアム 上高地・安曇野 黒部・松本』 P.96)


江戸時代、松本城を支えた武士が暮らした屋敷を見に行く

■高橋家住宅(たかはしけじゅうたく)

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城の周囲には、無論、御城下が広がっている。武家が多く暮らしたのが城の北側。大手門からまっすぐ北に延びる大通りを大名小路、大名通りと呼んだ。現存する武家屋敷は少ないが、内部まで観覧できるのが高橋家住宅で、松本市内でももっとも古い建築物のひとつ。高橋家はもともと美濃で戸田家に仕えており、享保11年(1726)、戸田家と共に松本入りした。住宅は、松本藩の官舎として建てられたもので、平成16年(2004)、高橋桂三氏から松本市に寄贈された。市はこれを復元修理し、市立博物館の分館として公開している。松本市の重要文化財にも指定されている。


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 電話 :0263-33-1818
 住所 :松本市開智2-9-10
 営業時間 :9:00~17:00(入場は~16:30)
 休園日 :月~金曜(祝日は除く、12~2月は月~土曜)
 料金 :無料
 アクセス :JR松本駅から車で10分
 駐車場 :なし
(『おとな旅プレミアム 上高地・安曇野 黒部・松本』 P.98)


令和のいまも賑わう城下町

■中町通り(なかまちどおり)

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城下町を形成するのは武家町だけではない。商家の賑わいあってこその御城下。松本ではお城の南側に広がっており、いまも数多くのショップやレストラン、史跡がある。松本駅から城へ向かう道すがら立ち寄りたいお店が目白押しだ。
なかでも、おすすめのストリートが江戸時代、善光寺街道としても栄えた中町通り。当時の繁栄を映すナマコ壁の蔵が軒を連ねた景観がいい。蔵を利用したカフェや明治から続く老舗の漆器店などがあり、食事や買い物が楽しめる。
また、女鳥羽川を挟んで並走する縄手通りも楽しい。縄のように細長いことが名の由来で、かつての城下町を再現して長屋の商店が建ち並んでいる。


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 電話 :0263-36-1421(中町商店街振興組合)
 住所 :松本市中央
 アクセス :JR松本駅から車で10分
(『おとな旅プレミアム 上高地・安曇野 黒部・松本』 P.100)


*施設や店舗の営業などは事前にご確認ください。


画像素材: PIXTA 他


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